Office Matching Mole on the Web/週刊モグラ屋通信 6



 週刊 モグラ屋通信 第15号 2000.2/3  


内藤です。パブリック・アート、そして街にアート……、そんなことを日常的に考えている私ですが、犬の散歩をしながらとんでもないものを発見してしまいました。発見場所は自宅付近の裏山、つまり 「山にアート」 というわけですが、それにしてもなんだこれは? 私はこの「磨崖仏状の物件」に、釘付けになってしまいました。墓石にも使われる御影石の産地でもある岡崎の山間部は地盤が固く、この作品が彫られた場所も砂と岩の中間くらいの固さがあります。たぶん、これはそこいらに落ちていた比較的固い木の枝などによって彫られたものと思われます。私はほぼ毎日夕方このルートを犬の散歩で訪れているので、犯行は27日の朝からその日の夕方 (つまりそれを発見した時刻) にかけて行われたのだろうと私は推理しました。しかし、なぜ? そして誰が?


というわけで、現場写真をここに貼りつけておくことにしました。決して心霊写真ではございません。翌日、いつもより少し早い時間、まだ暗くなる前にデジカメ持って犬を連れて現場写真を撮る私。「よかった、どうやら現状は保持されている模様」などと、何枚か角度を変えて写真を撮っていると、背後に人の気配が……。うっ、近所の同級生のNちゃん (三児の母。やはり犬の散歩中) じゃないか、また怪しいオコナイを見られちゃったよ。変な言い訳をするのもなんなので、正直に「これが気になってねぇ」と白状。すると彼女も「あ、私も気になってた!」というので、話を続けてみるとどうやらこの作品は2〜3日前から出現したんだとか。私は日が落ちて暗くなってから犬の散歩に来ることもあるので、気がつかなかったみたいでした。さらに彼女によれば「最初はもっと薄かったのに、翌日は深く彫られていた」とのこと、結構観察してるじゃないかと感心する。とにかく、他の目撃者の証言も取れたわけですが、作者に関してはわからずじまいでした。


それにしてもこの作品、なかなか不思議な雰囲気をかもし出しています。作者はプリミティブな創造への情動にかられて、このような所業におよんだのでしょうか? 作品にはいやらしい小細工がなく、なかなか良い表情だと思います。中宮寺の弥勒菩薩を彷彿とさせるこの微笑、などというのは言いすぎでしょうか? もちろん、言いすぎですが、埴輪っぽい素朴な力強さには好感を持ちました。この場所は、幼稚園も隣接しており、さらに最近はそばの農業用貯水池に釣りブームの若者が集ったり、あるいは人通りが少ないことから営業の人の休息場にもなっているので、この作品が現状のまま維持されるのも時間の問題かと。今後さらに観察を続けるつもりです。私としては、こういうものに対して触発された人間が次に何をするかに興味があります。考えられるのは、その周辺に新たな作品を制作してみる。また、中学生が教科書にそうしたように「髭」などの付属物を書き込む (デュシャンがモナリザにそうしたように。意図は別として) など。あるいは、破壊する……。


先に「プリミティブな創造への情動」なんて書きましたが、人が何かを表現したいと思うその原初的な気持ちは、ラスコーやアルタミラの壁画の「牛を食べたい」みたいな渇望と今でもそんなに変わりないのかもしれません。最初はね。右の絵は、会田誠の幼児画ではなくて、本物の4歳の幼児である姪が私の誕生日にプレゼントしてくれた絵です。なぜ、私の誕生日にバナナの絵なのか? それはたぶん彼女がバナナが好きだからでしょう。絵を描くことが大好きなので、その好きなバナナを描いてみた。最近、独学でひらがなとカタカナ (ただし半分くらいは鏡面文字) を書けるようになったので、それも書いてみました。そんな感じでしょうか。


面白いのは、細かいものが書ける筆記具、ボールペンとか鉛筆とかだとアニメのキャラクターの似顔絵 (ピカチューとか) を描くのですが、筆で水彩絵の具だと細かい描写ができないので、いきなり抽象表現主義になることですね。この場合は対象を描くことよりも色や構図に意識が向かうようです。子供が成長してゆくにつれ、まるで美術の歴史を飛び飛びに見ているような錯覚に見まわれるのは楽しいことです。何年か前に名古屋コンテンポラリーアートフェアーで見た会田誠の幼児画は、子供の絵を再現していながらそこには美術教育の影が巧妙に織り込まれていて、あれを見た時は「絵がそこそこ上手な子供だった自分、そしてやがてそのそこそこさにうんざりした自分」の子供時代が強烈に思い出されて複雑な気持ちでしたけど。などなど、先週都会に出かけた反動で、今週はほぼこのようにして犬の散歩&謎の磨崖物件観察、そしてそこから子供たちの絵のことなどについてつらつら考えつつのんびりと過ごしていました。


1日には1週間振りに池田とアートなおでかけ。待ち合わせ場所の伏見のドトールコーヒーにたどり着く前に、池田は20歳くらいの若者に「ナンパされちゃいましたよ」というので「すごく年上好みのワカモノだな」と言ったら「同じ年くらいだと思ったみたいです」って、ホントにか? 「ワタシは生まれてこのかた、一度もナンパなるものをされたことがないよ」と私が言うと「だって全然隙がないですもん。怖いし」だと。あーそーかい。


気を取りなおして真面目に反省会及び打ち合せを済ませた後、ペーパー版モグラ屋通信を持って、遅めの年始のご挨拶を兼ねた名古屋のギャラリーめぐり。 ギャルリーユマニテ名古屋 山本容子 新作版画展 。『違いのわかる女』 (じゃなかったっけ? 最近インスタントコーヒーのコマーシャルでもお馴染み) の作品は相変わらず人気でした。 KENJI TAKI GALLERY 伽藍洞ギャラリー Gallery HAM 、それから ウエストベスギャラリー コヅカ をまわり、最後に 白土舎 設楽知昭 展 (2月29日まで) へ。名古屋を中心に発表を続ける設楽さんの個展を見るのは久しぶりで、とても楽しみに訪れました。最近はアーティストの方々のインターネット利用率もすごく増えたみたいで、設楽さんからもメールをいただいたりして嬉しい私です。私がノブギャラリーのアシスタント時代にインターネットを始めたのは1995年で、翌年に画廊のウェブサイトを手探り状態で制作してオープンした時は取り扱い作家の誰一人として私のやっていることを理解してくれないばかりか、 写真に撮られると命が縮まる と言わんばかりに「コンピュータなんて」と胡散臭くみられたものですが、この4年で時代は随分変りましたねぇ……。今ではノブギャラリーの作家の皆さんもぼちぼちメールを利用できるようになりましたよ (遠い目)


あ、話がずれた。設楽知昭さんの展覧会の話でした。この日は展覧会初日ということもあって、会場には設楽さんもいらっしゃいました。私は最近、たまたまそういう展覧会を見て、そういう作家と話すことが多いからなのかなんなのか「やっぱり絵画って面白いな」という印象があって、この展覧会でもその思いは深まりました。が、さらに考えをめぐらす前にワインの飲み比べをしたりなんかしてすっかりくつろぎモード。さらに居合せた数人で近所に飲みに行ったりして、そこでせっかく設楽さんと隣り合わせてゆっくりお話を伺う機会を得ながら、アルコールの許容範囲を越えて飲んでしまった私は完全にダウン。普段のモグラ屋のアルコール担当である酒豪の池田が風邪で早めに帰ってしまったので、才能のない私が飲んだのが間違いでした。同席の方々にはご心配をおかけしました。会期中にもう一度出かけて、今度はノンアルコール状態でゆっくり作品を見せていただきます。画廊時代に「オープニングには絶対来ないコレクター」って何人かいたけど、ある意味ではただしい。ある意味では。


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 週刊 モグラ屋通信 第16号 2000.2/9  


内藤です。今週は比較的アクティブな私。2月2日にはひとりで愛知県一宮市にある ギャラリー OH 吉本作次 展 (2月27日まで。織部亭と同時開催) へ。前日、名古屋にある 白土舎 設楽知昭 展 にて、ちょっとワインを飲みすぎて醜態をさらした恥ずかしい私は、この日は吉本さんの「美味しいワインあるんですけど」という、ワイン通でもある吉本さんのことだからたぶん間違いなく美味しいだろうワインの誘惑を振り切って、一貫してウーロン茶的オープニング・パーティーなのでした。


さて、私が吉本さんの作品をまとめて見るのは実はものすごく久しぶりで、もしかしたら10年振りくらいかもしれないです。私が美術の仕事を始めたちょうどその頃、吉本さんはまさに飛ぶ鳥も落とすような勢いの売れっ子アーティストでした。私が吉本さんの大きなキャンバスに描かれたペインティングを見たのは、そんな頃。それから吉本さんはぷつっと発表を止めてしまい、数年前に単発的に コオジオグラギャラリー で発表された時は残念ながら見逃していました。そして今回、だから実に実に久しぶりのまとまった吉本作品を見る機会を得たのは本当に嬉しいことです。どのくらい嬉しかったかというと、思わず作品を買ってしまいましたですよ。そのくらいです。


吉本さんは20代で脚光を浴びて、けれど一般的にアーティストとしては伸び盛りと考えられる30代のおよそ10年間をほとんど沈黙で通したことになります。でも、時々他の作家のオープニング・パーティーや、私がアシスタントをしていた頃の ノブギャラリー に顔を出してくれた吉本さんの印象はとにかくいつも変らず淡々としていた。淡々として、そしてずっと作品を作り続けていたのだということが、この展覧会を見て本当によくわかりました。私は梅干がお皿に乗っかった小さなドローイングを一点購入。作品が我が家にやってくるのが今からとても楽しみです。わくわく。名古屋エリアには、というか、地方には特に美術界で派手に取り上げられることはなくても着実に制作を続けているアーティストがたくさんいます。そういうアーティストを息長く取り扱い続けている画廊もあります。もちろん、そんな画廊に通い続けるコレクターもいる。ちょっと誇りに思うなり。今でこそ大ブレイクしている奈良さんだって、そういうじっくり制作を続けていた作家だってこと忘れてはいけない。世の中がどんなに浮かれようと騒ごうと、アーティストというのはアーティストであり続ける人達なんだとしみじみ思う一宮の夜。


2月4日。池田とふたりで 名古屋市美術館の 池田遙邨回顧展 (3月20日まで開催) オープニング・レセプションへ。会期中には行こうと思ってはいたものの、運良く初日のレセプション会場にもぐり込めてしまった次第。謝々、招待状をくださったIさん。日本画と洋画に関しては不勉強な私は、超有名作家しか知らず、池田遙邨という作家に関しては予備知識はゼロ。ほとんど名前しか知らないという状態での作品鑑賞。が、良かったです。期待もせずにいたのがまた良かったのかもしれません。私の好きな福田平八郎の作品を彷彿とさせるような (時期の前後はわかりません) 作品もあったりして。あとでカタログを見てみると、60代〜70代に描かれた作品がどうも私には印象的だったようです。そういうのって、考えてみるとすごいことですよね。70歳のおじいさんのすごい作品。この人もやっぱりアーティストであり続けることができたそういう存在なのでしょう。良い展覧会です。未見の方は機会があれば是非ご覧ください。地下の展示会場にある「絵日記」も素晴らしく楽しいですよ。私はこの絵日記を見ている時、まるで私の目が池田遙邨の目になってゆくような、そんな感覚を覚えました。後で、池田に「ちかちゃん、あの作品好きでしょう?」と特定の作品を指して言ったら当たってた。最近お互いのツボがよくわかるわかること。


池田遙邨にすっかり気を良くした私と池田は、栄のドトールコーヒーでしばしなごんだ後、 ギャラリーセラー 小川信治 展 ― Vol.2 “La Source (泉)” ―  (3月3日まで開催) オープニング・パーティーへ向かいました。現在、ギャラリーセラーはディレクターである武田美和子さんのご自宅マンションの一室にあるということで、展覧会はアポイントメントオンリーの形式を取っています。ギャラリーセラーは3つのスペースを移動した後、数年間の休業状態にありました。その間、ディレクターの武田さんはニューヨーク等に住み、しばし美術業界から離れておられました。かくいう私も一端は美術業界から離れ (ニューヨークではなくて岡崎でクダを巻いていたというのがかなりレベルの差を感じますが) また出戻ってきたという意味で、なんだか勝手に親近感を感じたりしています。名前も同じ「美和つながり」だし。


というわけで、1999年秋。ギャラリーセラーは今回と併せて計3回に分けて小川信治作品をじっくり紹介していくというかたちでふたたびギャラリー活動を再開しました。ニューヨークや東京に住んだ武田さん (でもご出身は沖縄。おおっ、ナガミネプロジェクツの長嶺さんといっしょだ) は、今、他の場所ではなく名古屋というローカルエリアだから実現できることに真摯に取り組んでおられます。私は、今回はじめてゆっくりそんな話を武田さんからお伺いして、とても頼もしく思い、また励まされました。ギャラリーセラーの活動再開にあたって、スタートを飾る展覧会が小川信治展である、ということもまた私にはとても納得のゆくものでした。


私は、上記の吉本作次さん同様、やは10年程前に小川さんの作品に初めて出会いました。その後、ギャラリーセラーの『SIWA 展』、そして今回と時期的にも作風でもかなり飛び飛びに見ているわけです。作風だけを見ているとただごとでない変わり様なわけですが、今回の展覧会を見ると、10年に渡る作家の思考が実に腑に落ちるというか、自然に着地しているのではないかと感じました。『WITHOUT YOU』と題され、1994年から続けられているこのシリーズは、作家の小川さんによれば「我々が信じて疑わないものや、普遍的に変わらないと信じているもの、例えば情報や記憶といったものがすでに異形のものへと変化してしまっているのではないか、という直感に突き動かされて制作を始めたシリーズ」で、たとえばアングルの『泉』やフラ・アンジェリコの『受胎告知』、ミケランジェロの『原罪』、他にもダヴィンチ、ジォット等などの誰もが知っている名画が緻密に模写されています。「ただし、登場人物の一人が常に欠落しているという一点を除いて (作家談) 」。


本来あるべきものが消失したその場所から、原作者の思わぬ意図を読み取ることも可能となります。また、失われた世界は、そこにあったものが果たしていた役割を皮肉なかたちで私たちに気づかせることになるでしょう。まさに『WITHOUT YOU』。さらに1997年から開始した『PERFECT WORLD』シリーズの、作家によれば「どうやって展示したらいいのかわからない」作品も会期中にはギャラリーセラーのゆったりとした空間で手にとって鑑賞することができます。今回の小川さんの作品は、記憶や情報をテーマに人間の脳味噌を直撃してくるような内容ですが、同時に「視覚を全力投球して」見なければ見たとは言えないような、「美術」の快感をも伴っていて、こんなに見て疲れる展覧会は久しぶりかもしれないけれど、その気持ち良さといったら……。


そんな小川信治さんの展覧会が今年6月、東京でも開催されるそうです。オープニング・パーティーには展覧会の開催を予定している レントゲンクンストラウム のディレクターの池内さんも登場。自分んちでの展覧会がいかにすごいかを怒涛のごとくまくしたてておられましたが、ちょぃと話を聞いただけで「こりゃあ見なければな」と思わせる内容です。とりあえず東京方面の方は6月の小川信治展を首を長くしてお待ちください。名古屋はギャラリーセラーでの小川信治展は3月3日までまだまだ続きますので未見の方は急ぐべし。さらに、4月11日〜16日に開催される 名古屋コンテンポラリーアートフェアー では、ギャラリーセラーのブースにて小川信治展 Vol.3 が控えていて、当分楽しみは続きそうです。


さて、2月9日付けで更新した ギャラリーネットワーク のコーナーに、今回から新たに ギャルリーユマニテ東京 が参加。そして、 ナガミネプロジェクツ ギャラリーセラー がこのたびメールでの連絡が可能となりました。展覧会や作品などの問い合わせ等を簡単お気軽にできるように、各画廊の連絡先にはメールアドレスも表示しておきました。どうぞご利用くださいませ。ではまた来週。


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 週刊 モグラ屋通信 第17号 2000.2/16  


内藤です。モグラ屋設立以来、それまでしばらくアートの現場を離れていたそのカンを取り戻すために、怒涛の展覧会巡りなどをしていたわけですが、そろそろ腰を落ち着けて思索に没頭する時間を取らなければならないでしょう。というわけで、今週は池田と事務所でミーティングする以外はほとんど本を読み、資料を読み、インターネットで情報収集などして過ごしていました。だから特に報告することはなし。


ところで、関西にでかける予定があります。経済的に不自由な私たちは、いつも高速バスだの、安価な宿泊施設だのを利用しているのですが、やはり関西でも無駄なお金は使いたくはない。そこで、私は「そうだ、カプセルホテルか健康ランドに泊まろう!」と考え、いろんなウェブサイトをのぞいてみました。そして憤慨した。なぜ、カプセルホテルはほとんど男性専用なのだ! って、そりゃあ利用する女性客が少ないんだろうて。健康ランドは目的地から遥かに離れた場所にしかないし……。かろうじて東京讃岐会館 (オフィス マッチング・モウルの東京滞在時の定宿である) 並みのビジネスホテルを発見。でも健康ランドならばこの半額なのに……。やっぱり各地に「友達」は必要ですね。しみじみ。神戸にお友達がいなくてたいへん残念なワタクシでした。



     
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